自治体電力とは、自治体が営む電力事業を指す。電気小売市場が2016年に完全に自由化された日本においても注目され、その数は着実に増えつつある。日本では、海外の自治体電力(ガス事業を含む場合は、自治体エネルギー)としては、ドイツのシュタットベルケ(Stadwerke)が注目されているようである。電力事業を行っているシュタットベルケの数は大小含めて、800を超える。これらのシュタットベルケは一般的に小売のみならず、配電事業も行っており、今日日本で増えつつある自治体電力とは資産・売り上げの規模、そしてテクニカルな能力において根本的に異なる。加えて、シュタットベルケは戦前から存在しており、ドイツの1998年の家庭用電気小売市場の自由化の結果、生まれたものではない。インカンベント(従来からある事業者)であるシュタットベルケにとって、新規市場参入者に顧客を取られないようにすることが、しばしばそのビジネスの一つの目的となっている。日本の自治体電力がシュタットベルケのビジネスモデルを参考とすることは本質的に無理があると言える。 一方、英国の自治体エネルギーは、自由化された家庭用電気小売市場の発展のプロセスの中で生まれた新規市場参入者であり、この点について日本の自治体電力と同じである。英国の電力システムは1945年に国有化され、1990年に民営化された後に、1999年に市場自由化を完了させた。英国における最初の自治体エネルギー小売事業者は市場自由化後15年を経た2015年に設立された。英国は日本と似て、市場は今日、6つのインカンベントと数十の新規参入事業者から成り立っている。 英国や日本のように、自治体が新たに電気の小売事業を始める場合、その事業が掲げる目標及び想定するリスクのレベルそして組織・事業の構造は、必然的にシュタットベルケとは異なるものとなる。多くのシュタットベルケにとって、エネルギー事業は、その自治体の財務の主要な柱の一つで、他の事業の赤字を埋めるほどの位置づけとなっている。英国、日本における自治体エネルギーが、近い将来において、そのような位置づけとなる可能性はゼロではないが、限られたケースとなるであろう。 英国と日本の自治体エネルギーにも相違点はある。最大の相違点の一つは(小売する)エネルギーの調達を行う卸売市場の成熟度である。日本と異なり、市場自由化から15年以上を経た英国のエネルギー卸売市場は成熟しており、競争的な環境にある。基本的に誰でも市場に参加でき、価格競争は激しい。加えて、(電力市場においては)2014年にできたGrid Trade Master Agreement (GTMA)と呼ばれる英国独自の制度のもとで、小規模な小売事業者は大手発電事業者から「バランシングメカニズム前」の供給サービスを受けることができる。これらのため、小売市場への新規参入者が、エネルギーの調達で著しいハンディキャップを負うことはないと言える。日本の卸売市場も取引所での取引量が増えるにつれ、新規小売事業者の事業環境はやがて改善されるであろう。日本のインカンベントである9電力は、小売市場における競争が活発になるにつれて、発電事業と小売事業の収益そして経営を切り離して考えるようになるであろう。その結果、彼らも英国同様に、取引所を通じた売電の量を増加させ、積極的に相対取引の相手を探し始めると予想される。 もう一つの大きな相違点は自治体エネルギーの事業目的・目標である。英国での最も一般的な目的は「燃料貧困の緩和」のためにエネルギー(電気とガス)をなるべく安い価格で住民に供給することである。一方、現在の日本の自治体電力の多くは「地産地消」というスローガンを挙げているように、地域で再生可能エネルギー電気を(安く)生産して、それを、少なくとも当面の間は、自治体の施設そして他の(限定された数の)需要家に供給することであるように見受けられる。英国においても「地産地消」を促進している自治体エネルギーもあれば、小売で得る利益を再生可能エネルギー発電事業に再投資するという方針を打ち出している事業者もある。しかしながら主要なビジネスラインはあくまで一般の家庭をターゲットとした小売であり、フルライセンスを自らもって事業を行っている自治体エネルギーは(数十万件という数の顧客を得ようと)全国の市場で電気・ガスを売っている。このような英国の自治体エネルギーは、よりドイツのシュタットベルケに近いと言える。 英国において自治体エネルギーは、最近出現した非伝統的ビジネスモデルの中でも、特に市場を大きく変える可能性があるモデルであるとみられている。他の非伝統的ビジネスモデルには太陽光発電設備をもつ仲間同士 (Peer-to-peer) の取引や需要の柔軟性をベースとしたモデル等があるが、それらが市場あるいは市場のシェアに及ぼすインパクトは限定的である。おそらく日本においても自治体電力に対してそのような見方をする声があるのではと想像される。市場を大きく変える可能性は次の2つの事柄と関連していると考えられる。 一つは地元の自治体がエネルギー小売事業を行うのであれば、そちらにスイッチング(switching)したいと思う市民消費者は多くいるのではないかと、容易に想像されることである。このため、自治体エネルギーの数が増えるにつれ、市場のシェアに変化が起こると共に、市場での競争が増すことになる。自治体は強いブランド力をもっている。しかしながらそのブランド力は、ドイツのシュタットベルケがその長い歴史の中でユティリティーとして築き上げた信頼とは異なることに注意が必要である。あくまでサービスの質が問われることになる。加えて、事業の一貫した目的(それらには社会的・非商業的目的も含まれるであろう)を、住民に明確に伝えるための顧客関係(Customer relationships)が不可欠となる。 もう一つは、既に述べたように、自治体エネルギーがしばしば、小売だけではなく、再生可能エネルギー発電事業を自ら行ったり、あるいはコミュニティーのそのような事業を、より条件の良い電力購入契約を提供したりして、支援していることである。これは「地産地消」を通じて、電力グリッドの負担軽減に役立つのみならず、電力システムの低炭素化に貢献する。更に自治体エネルギーは地域における省エネルギー・二酸化炭素排出量削減活動のコアのプレーヤーとなれる。これまでの電力セクターのビジネスモデルは多消費による単価の低減に基礎をおいていた。一方、自治体エネルギーは持続的なビジネスであるという商業上の目的と社会的、そして環境に関する目的を併せもつことが(特に非営利であれば)可能である。このため自治体エネルギーは政府そしてエネルギーセクターの規制機関からの、財務的あるいは法規制の変更を通じた支援を受けるに価する。 自治体エネルギーは、その数が増えた時には、国が国際社会に対して責任を負う二酸化炭素排出量削減義務達成の切り札的な助け舟の役割を果たす可能性がある。二酸化炭素の大半は自治体で排出される。工場、オフィスビル、家庭、道路(交通)、これらは全て自治体に存在する。よって、これらから排出される二酸化炭素のマネジメントを最も効果的にそして効率的にできるのは、個々の自治体である。自治体はその土地利用・交通・産業等の計画・政策を通じて、二酸化炭素の削減に積極的に関わることができる。自治体エネルギーはその株主である自治体が実施する様々な施策の主要な受け皿となることができる筈である。なぜなら、自治体エネルギーは、日常的にエネルギーの消費者そして生産者と接しているからである。自治体エネルギーは、近い将来、小売のみならず、省エネルギーのための(そして二酸化炭素排出量削減に繋がる)様々なエネルギーサービスの提供を積極的に行うであろう。 いまや多くの自治体がエネルギー・二酸化炭素(カーボン)戦略(energy and carbon strategies)を作成している。そのような自治体は二酸化炭素削減のためにどのような施策が自分たちで可能で、その実施のための限界コストあるいは平均コスト(二酸化炭素1トンを削減するためのコスト)がいくらかかるかを知っている。国は自分たちの施策の限界コストと比較して、より低いコストの施策を自治体が実施可能であれば、国際公約の実施期限が近づくのを待たずとも、積極的にそれらを今から支援すべきであろう。 このように自治体エネルギーは自治体を超え、国レベルにおいても、長期的な存在意義をもっている。よって、その設立にあたっては、事業目的を果たす上で間違いのない株主構成そして最善のガバナンス構造を追求する必要がある。そして取るべきビジネスモデルにどのような選択肢が存在するのかをじっくりと吟味してみることが必要である。数十万件の顧客ベースの構築を目標に事業を立ち上げるとすれば、十億円前後あるいはそれ以上の投資を要すると共に、数年の時間が単年度の黒字転換までにかかるであろう。ビジネスリスクのレベルは高い。強いコミットメントとロバストなリスクマネジメントが必要となる。 英国における自治体エネルギーの歴史はまだ数年であるが、フルライセンスをもち全国の市場で電気・ガスを販売しているケースから、名前(ブランド)を貸すのみのホワイトラベルまで、既にいくつかのビジネスモデルが出現している。今後、テクノロジーの発展と共に新たなビジネスモデルが登場するであろうが、現時点で存在するビジネスモデルを比較、考察することは、日本の自治体そして電力関係者にとっても有益ではないかと思われる。特に、自治体電力が社会的そして環境上の観点から長い将来に渡って重要な役割をもつであろうという予測に立てば、実際にそれらの分野における目的を掲げて、本格的な運営を開始している英国の事例は参考になるであろう。
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